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藤沢で遭遇した【石上神社】だけども…?(探索中)

time 2016/12/21

藤沢で遭遇した【石上神社】だけども…?(探索中)

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藤沢探索中に立ち寄った神社が気になります!

藤沢駅から少し歩く。
江ノ電の石上駅からはすぐ。

石上会館の横に鎮座する、小さな神社を発見しました。

小さいけれど手入れがされている感じがします。

鳥居をくぐると、周辺の区画整理をした際に建造されたという由緒が書いてある『石川会館記念碑』と、土地を寄贈しましたよという記念碑が2つ並んでいます。

しかし、御祭神がいまいちわからない。

【石上神社】といえば、奈良県にある【石上神宮(いそのかみじんぐう)】。
日本書紀に登場する 神宮 は伊勢神宮と石上神宮の2つのみであり、日本最古の神社のひとつです。

その石上神宮の御祭神は【布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ】。

この布都御魂大神は、神体【布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)】に宿る神霊です。

神武天皇をお助けした霊剣
神武天皇は「東方に国の中心で、すばらしく美しい土地がある」と、九州の高千穂宮を出発し、船で海を渡り、大和に向いました。途中幾多の困難に遭遇しながら進んでいきます。熊野では賊の毒気にあたって全軍が壊滅寸前の状態に陥ります。その時に高天原から降ろされた一ふりの横刀(たち)(またの名を布都御魂・ふつのみたま※日本書紀では韴霊・ふつのみたま)を、高倉下(たかくらじ)が神武天皇に捧げます。するとこの横刀のもつ不思議な力、起死回生の力によって神武天皇の一行は蘇り、賊も退散。神武天皇は、無事に大和を平定することができました。

石上神宮公式サイト

つまり、神様というか、神様の窮地を助けた剣がご神体であり、その神霊というわけです。

この布都御魂大神が御祭神ならば、ご利益は古事に倣い『厄除け開運』『起死回生』『念願成就』などになるのですが…

地名は「いしがみ」と読む

鵠沼地区東部の住居表示は鵠沼石上だが、ここは古くは砥上とも書かれ、境川の渡し場として発展してきた。弘安8年(1285年)の記録には「石上郷、鎌倉の法華堂領となる」とあり、鎌倉時代には石上の表記も見られたが、皇国地誌によれば天正年間には砥上渡しが石上渡しと呼ばれるようになるとあり、中世までは砥上が一般的だった。1873年(明治6年)施行の区・番組制では「砥上(いしがみ)」の小字が復活したが、1902年(明治35年)開通の江之島電氣鐵道は石上停車場(現在の石上駅とは位置が違う)を設置した。1982年(昭和57年)に制定された住居表示により鵠沼石上とされ、小字砥上は使われなくなったが、1978年(昭和53年)開園の砥上公園の名に残っている。

ウィキペディア【砥上ヶ原】より引用

地名が「石上(いしがみ)」と読みが違う。
また、その「石上」は元は「砥上(とがみ)」だったということを考えると、奈良県にある石上(いそのかみ)神宮とは別物、と考えられます。

うーむ。これは図書館案件でしょうか…。笑
歴史を調べないとダメそうです。
公民館に突撃してお話を伺うのも有りだけど、私、恥ずかしがり屋ですし。
また詳細解明が進みましたらご報告いたします ヽ(・ω・´●)

歴史って面白い

学生時代の社会の成績はメタメタでしたが、神社仏閣の悠久の歴史を覗くのはとても面白いです。
私も生まれてこの方、四半世紀以上は現世に籍を置いていますけど、便利なものは増えても人間の本質は変わらないと思います。

それが30年前だろうが、100年前だろうが…
遡って500年くらいまでならば、神様がもっと近かったのかもしれませんし。
そう思うと1000年だってそんなに変わらないでしょう。本質だけは。

2000年3000年遡れば、そこはもう神代です。

ものすごく大きな流れの最下流にいるのだと思うと…好奇心で身震いがしますね!

かしこみかしこみ。

2017.6月追記

おそらくですが…場所が公民館ですし、三猿の石碑もあることから、庚申溝を行った場所なのでしょう。
土地の神様を祀っていたのかなぁ。

 

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REINA

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REINAと申します。 趣味はパワースポット巡りと開運効果検証。ラーメン好き。猫大好き。嗜む程度にオタク。 [詳細]



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