目次
布施行とは、六波羅蜜という仏教の修行の1つ。
- 財施…金銭や衣服食事などを施す。
- 法施…仏の教えを説く。
- 災難などに遭っている人を慰め、恐怖心を除く
出典は『雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)』に「仏説きたもうに七種施有り。財物を損せずして大果報を獲ん」と、七種施因縁という形で載っています。
そこから日本に入り『無財の七施』と呼ばれるようになったようです。
余談ですが、そのために英語だと『Seven facilities of Muzai』となるようです。Muzai…。笑
お金や地位がなくても、それ以上に尊い布施行は出来る。
日々の生活の中で出来る「幸せになるための因果を作る修行」をやっていきましょう。
『無財の七施』~誰でも出来る仏道修行 七つの施し|法華宗真門流(外部リンク)
無財の七施とは
1.眼施(げんせ)
優しい眼差し。
「目は口ほどにものを言う」といいます。
優しい眼差しに宿るのは愛情です。
逆に睨みつけられたり、冷たい視線を浴びると胸の内がキュウと萎縮してしまって、なんとも不安になるものです。
大人になって殴り合いのけんかはしなくなっても、眼差しで他人を攻撃するケースは多いもの。
自分では気づいてなくても、剣呑な目つきは嫌な感じに空気を震わせています。
嫉妬や憎しみがこもった目線を『邪視』といいます。
トルコのナザール・ボンジュウや、イスラム圏のファーティマの手などそれに対してお守りがあるくらい。
怖い邪視は封印して、優しい眼差しを送りましょう。
【ラッキーモチーフ】『ナザール・ボンジュウ』『ハムサ』嫉妬や邪視、厄災から身を守るお守り
2.和顔施(わがんせ)
和やかな顔つき。
目と同様に、ほんのりと幸せな気持ちを届けられる和やかな顔。
にっこりと柔和な笑顔を向けられると嬉しいですね。
お仕事とはいえ接客業でお店に立ち笑顔でお客様に対応しているスタッフさん達は、それだけで功徳を積めるということ。
私も長く接客業をしていました。
嫌な気分の時もプロとして笑顔は崩さないようにしていましたが、そこに気持ちが乗っているかどうか、相対する人にはわかってしまうものなんですよね。
お仕事をしているとき。
家族と過ごす時間。
友人や恋人との逢瀬。
いつも機嫌よくにこにこしている人は、徳が高いといえます。
3.言辞施(ごんじせ)
温かい言葉で伝える。
目や表情で慈愛が緩やかに伝わるするとしたら、言葉のコミュニケーションはダイレクトアタック。
言葉の威力は絶大です。
私は議論好きで、熱が入るとついついキツイ言い方をしてしまう性質でして…自己嫌悪。
誤解されたり、無用な諍いを生んでしまうことも1度や2度ではないです。
強く反省している課題でもあります。苦笑
同じ内容でも、ポンと口から飛び出す前に一呼吸。
より、相手が嫌な思いをしない優しい言葉を。
より、相手が喜んでくれるような素敵な言葉を。
メールやラインでこっそり練習中です。
会話だとポンポンと口から飛び出してしまいますが、文字のやり取りだと推敲ができますから。
なるべく相手が幸せな気持ちになるように…
しかしこれは、ただ持ち上げるとかおべっかを使うのは違います。
言うべきことは言う。
時に、相手が嫌がることでも。
正しいと思うことや自分の意見は忌憚なく言う。
議論や意見交換のその時に、相手を思いやる言葉を選べることが大事なのだと思います。
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4.身施(しんせ)
自分の身体を使った奉仕。
本当にちょっとしたことでも、他人のために動くこと。
車の流れの速い横断歩道で、大きな荷物を持ったおばあちゃんのお手伝いをするもよし。
ちょっと高い所にある本を、背の低い女の子のために代わりにとってあげるイケメンになるもよし。
お腹に赤ちゃんのいる奥様のために、代わりに掃除洗濯をしてあげるもよし。
熱を出した旦那さんのために、近くの薬局に薬とポカリスエットを買いに走るもよし。
夕食の時間にお母さんのお手伝いをしてお皿を並べるもよし。
誰かのために、何かをすること。
これすなわち全部の行動が身施なのです。
5.心施(しんせ)
他人への心配り。
誰かを想って「こうしてあげたい」「ああしてあげたい」と思い、行動に移す。
【心施】は他の布施行とセットになっていることが多いように思います。
夏の暑い日に遊びに来るお客様のために、「さぞ暑いだろう」と冷たい飲み物と氷菓を用意してみたり。
余っているビニール傘を、突然の雨に濡れそぼる誰かに渡したり。
誕生日だから、あの人の好物で食卓を埋めてあげたら喜ぶかな?と考えたり。
好意的な相手には、比較的自然とできてしまう【心施】。
優しい心で日々過ごしていると、知らず知らずのうちに達成できてるかもしれませんね。
6.床座施(しょうざせ)
席や場所を譲ること。
電車で妊婦さんやお年寄りが前に立ったら席を譲る。
小さいころから『道徳』として教わってきたこと。
道徳代表のようなこの行為は、【床座施】の顕著な例と言えます。
江戸時代には「こぶし浮かせ」という言葉がありました。
川下りの船に乗り合う際に、こぶし一つ分を詰めて後から乗る人のスペースを作る。
これも立派な【床座施】です。
また実際に座る「席」だけでなく、「地位」も含まれます。
出世争いで、自分以外が狙っていたポストについたとしても、相手の健闘を称える…そんな心のありようも、【床座施】で徳を積むことになるでしょう。
仕事をしていると、後輩が上司になったり、ライバルに仕事の成果をかっさらわれたり…
なんとも苦い気持ちになる場面も多いですが、そんな時こそが徳の積みどころ!
獲られたんじゃない、譲って差し上げたのだ。
やせ我慢でもきっと神様仏様は見てくださってますとも。
寛容に、飄々と、器の大きさを見せつけてやりましょう!難しいですけどもね!!
7.房舎施(ぼうじゃせ)
風雨をしのぐ場所の提供。
お釈迦様が仏の教えを説くために旅をしていた際、宿を提供した心優しい人たちを想い【房舎施】を伝えたのだと思います。
現代の日本では困った人に一宿一飯という機会もそうなくなりましたね。
布施行の1つに『無畏施』があることは冒頭に記述しました。
不安や恐怖を抱える人を、暖かい心で包み込む…精神的な「シェルター」になることも、この【房舎施】に含まれるのではないでしょうか。
心無い言葉や、辛い邪視に晒されている人がいたら、守ってあげたいですね。
まとめに
『無財の七施』は仏教の修行でありますが、「幸せになる」メカニズムとしてこんなに的確なこともないなと思います。
因果応報、蒔いた種は自分で収穫するもの。
善行も悪行も自身に返ってきます。
『無財の七施』は、心を明るく幸せに保つための指針になります。
情けは人のためならず…明日また誰かのために、そして自分のために徳を積めたら幸いですね。