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鶴岡八幡宮の本宮左手にある『丸山稲荷神社』。
鶴岡八幡宮の境内で、パンフレットにも境内社として載っているのですが、丸山稲荷社は少し空気が違うので別でご紹介したいと思いました。
公式HP:【公式】鶴岡八幡宮
鶴岡八幡宮の記事はこちら。
【神社】『鶴岡八幡宮』歴史と美を纏う鎌倉の守護神社、境内の魅力も合わせてご紹介します!
丸山稲荷神社について
建久2年(1191年)の本殿鎮座以前からこの地に祀られていた地主社である。
社殿は夷社本殿が江戸時代に柳営舎となり、更に明治時代に入って稲荷社として現在の位置に移築されたものである。
形式は一間流見世棚造で、中世(室町期)の神社建築の貴重な遺例として高く評価されており、境内に現存する最古の建造物でもある。昭和42年(1967年)に国の重要文化財に指定されている。毎年11月8日に執り行われる火焚祭では、当宮に古くから伝わる鎌倉神楽が奉納され、大勢の崇敬者で賑わう。
丸山稲荷社の看板より引用
鶴岡八幡宮の鎮座以前からこの地を守る地主神社。
土地の神様が祀られていた場所であり、どうやら元々はお稲荷さんでもないようです。
鶴岡八幡宮の背後の山、大臣山にあったお社で、鶴岡八幡宮遷座の際には西の鳥居の下に夷堂(えびすどう)として祀られていたとか。
夷、恵比須…元々が開運招福のご利益を持つ神様なのですね。
江戸時代には『柳営社(りゅうえいしゃ)』と改称され、源実朝を祀りました。
このあたり「???」なのですが…
柳営とは「将軍がいる場所をさす」そうなのですが、なぜ夷堂に…
現在、柳営社の源実朝は、源頼朝を祀る鶴岡八幡宮境内の『白旗神社』に合祀されています。
丸山神社の本殿が、その夷堂の社殿を移築して建てられたために「室町時代の最古の建築物」となっているのですね。
お稲荷さんとして祀られらのは明治時代。
神仏分離の際に恵比須様から近いご利益(商売繁盛、開運招福)のお稲荷さんになった、ということなのかな。
2月には初午のお祭りも行われます。
このように、鶴岡八幡宮をとりまくアレコレに巻き込まれている丸山稲荷社の神様。
石清水八幡宮を勧請した鶴岡八幡宮の空気とは、やはり空気が違うように思います。
土地の神様なんだろうなぁと感じるのですが…
神様の世界ではどのようになっているのでしょう。
お稲荷さんだけど普通に土地神様がいらっしゃるのか。
土地神様がいらしたけど、今はお稲荷さん系の神様が入られているのか。
ともあれ、魅力的な神社であることは間違いないです!
【神社】『初午(はつうま)』は五穀豊穣を願う 稲荷神社の行事 お供え物は油揚げ?
丸山稲荷社の小さな鎮守の杜
丸山稲荷社の鳥居をくぐると、緑のドームに覆われた、階段の参道になっています。
落葉樹で、確か冬はもう少し見通しが良かったように思います。
最近訪れた南伊豆の吉田白鳥神社でも感じたのですが、寺社を覆うように緑のドームが形作られていると、神域としての空気が良い感じにまとまっているように感じます。
区切りがわかりやすいというか…
聖域に入ったなという実感が体感しやすいというか…
鎮守の杜とはそういった役割ですが、丸山稲荷社もその見えない世界の区切りを肌で感じることができる場所だと思います。
丸山稲荷社の歓迎サイン
紙垂や旗が揺れる
参拝した時いい感じに風が吹いて、鳥居をくぐるときと祝詞を唱えた後に紙垂やのぼり旗がはためいていました。
「タイミングよく風が吹く」のは歓迎サインです。
私は祝詞を唱えた後、目をつむって祈願している時に風を感じることが多いです。
祝詞を覚える前はそんなに体験した記憶がないのですが、感じ取る能力が上がったのか、神様が祝詞を喜んで下っているのかは謎です。
蝶やリスと遭遇
蝶はクロアゲハがひらひらしていました。
この日、リスは鶴岡八幡宮に到着した時点で遭遇していたのですが、丸山稲荷社では奥の木の上でなにやらガサガサしていました。
佐助稲荷神社などではリスによる被害(社殿かじってしまったり)もあるので、鎌倉はリスが多く遭遇しやすいですが、エサは与えないようにしましょう◎
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まとめに
ちょっと空気感の違う丸山稲荷社。
鶴岡八幡宮の本宮に参拝してそのまま階段を下りてしまう方も多いのですが、是非左手奥の小さなお山にご参拝くださいね!
余談ですが芸能人の信仰者も多いらしく、有名なのはタレントの蛭子能収さんでしょうか。
鳥居入ってすぐのところにお名前の入ったのぼり旗がありますよ(*^^*)
前は「そうなんだー」と流していましたが、夷堂の由来を御存じだったのかもしれませんね。納得です!
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